您的位置:首页 >> 阅读文章
    

作者授权  本网首发

阅读次数:  12947
中国における土地の所有と利用をめぐる法の変容
一、 なぜ土地の所有形態が二元構造なのか
(一)二元構造形成の歴史
 中国における土地所有は、現行法に則していえば、公有制のもとで国家所有=全人民所有と集団所有=労働大衆集団所有という二元的構造になっている。このような構造の形成に至るまでの経緯は以下のようにまとめられる。

 1949年新中国成立以降、まず、都市部の土地は、前政府からの接収、外国人所有の土地の没収や買収、中国人資本家等に対する収用や買収等の手段により国有化にされた。一方、農村部の土地は、中国革命を貫いた「打土豪分田地」という暴力的な手段により、地主および富農所有の土地を没収し、現地で老若男女を問わず一律均等に分配された。しかし、その後、都市部土地の国家所有については変化が見られないものの、農村部土地の所有関係は大きく変化した。すなわち、当時認められていた一般農民の土地に対する個人所有権は、五十年代後半から始まった一連の政治運動により、当事者たる農民の知らない間に蒸発し、いわゆる集団所有権へと変化させられていたのである。

(二)憲法上の推移
 しかしながら、このような農村土地所有形態の変化は、あくまでも政治運動の結果であり、かなりの期間にわたって、憲法をはじめ法律上の根拠をもつものではなかったといわざるを得ない。具体的にいえば、1950年の「共同綱領」(=臨時憲法)にも、1954年の最初の憲法にも農村土地およびその他の生産手段となる財産の私有が広く認められていたが、1975年憲法(1978年改正)で初めて土地と生産手段の所有制に制限が加えられ、国家所有と集団所有のみに限定された。現行1982年憲法は、所有制について上記の75年憲法の限定を受け継いだが、88年、93年、ないし1999年の改正を経てさらに多くの内容を盛り込んだ土地所有権の二重構造が形作られた。

(三)集団所有存在の理由
 ここで問題なのは、土地および生産手段の個人所有ないし集団所有の存在は、本来のマルクス主義理論から考えれば、社会主義体制における異物である。では、共産党が指導する新中国でなぜ建国当時、農村土地の私有が認められ、またなぜその後も人民公社運動で示した強い政治的パワーでこれを国家所有にせず、今日まで集団所有=共有にとどめているのかなどは、興味深い点である。

 思うに、中国革命は、農村を根拠地として展開され、政権奪取の主な支持者は農民であった。農民が革命を支持した主な理由は、中国共産党が打ち出した農村土地問題の徹底的解決という方針を信用したからである。この点からみれば、革命の成功と農民の支持とは不可分の関係にあり、また、この関係成立の裏には一種の契約関係の存在を看て取ることができる。したがって、社会主義中国において土地の私有を認めたのは、中国共産党と農民の間で革命時代に締結された政治的契約によるものであり、また、集団所有に帰着したのは政治的に妥協した結果であると理解できよう。 

二、 なぜ土地の利用が無償から有償になったのか
(一)都市部土地の無償無期限使用による弊害
 改革開放までの中国社会では、国家の経済計画は全経済領域、さらに一部の消費生活まで統制していた。都市部の国有地の利用についていえば、利用の主体は国有と国営の公法人が圧倒的多数であり、また、利用の客体たる土地は、財産としてその価値を踏まえて利用されるというよりは、むしろ国家経済計画に基づいて自然資源を無償無期限で使用するという意味合いが濃いものであった。そのため、公法人が自身の生産力や生産原価などと無関係に政府との行政関係の親疎に応じて土地を大量に囲い込むことが行われ、いわば土地の浪費とでも言うべき現象が目立った。このように土地利用の関係においては、国家は国有地からの財政収入を得られない一方で、土地使用等に関する管理費用の支出が財政負担となる。とりわけ、一人あたりの耕地面積が非常に少ない中国において、国家利益を名目に大量の耕地を工業用地などとして収用しその国有化された土地が効率的に活用されないことは、問題をより深刻にする。

(二)農村部土地の集団経営による弊害
 一方、農村では、人民公社運動により個人の土地財産権が否認され、農民は一夜にして無産階級へと転落した。自分の労働のみが頼りとなった農民であるが、労働能力の高低を問わずに一律分配という時代においては、「親方五星紅旗」のもとで最低限の生活が精一杯で、それより高い目標を目指すことは事実上不可能であった。その結果、個人の労働意欲の低下を招き、それが集団経営の生産性の低下に直結したのである。

(三)市場の開放と経済の発展による需要
 他方では、市場の開放に伴い、外資誘致には土地利用に関する法的保障が要求され、また都市部の開発、農村部の請負制の実行などによっても土地の対する需要が急増し、土地の財産的価値も自然に上昇したため、これをいかに法により規制するかが重要な課題となった。さらに、経済体制改革の初期段階から恒常的に中央財政は困難な状況にあり、九十年代初頭にピークを迎える対外債務の弁済など現実的問題としても新財源の創出が急務となった。

 したがって、土地の利用が無償から有償になったのは、過去の土地政策が生み出した弊害に対する反省から土地の財産的価値が再認識されたためであるといえる。市場開放および経済発展の要求に応じて、まず都市部土地の利用が有償化され、そして同時に農村部土地の財産権的構成も重要視されるようになったのである。

三、 土地使用有償化をめぐる法の変容と問題点は如何なるものか
(一)都市部土地使用の有償化の歩み――違法から合法へ
 1956年(都市部での「資本主義工商業に対する改造」と農村部での「人民公社運動」の開始)~1988年までは土地の譲渡等による経済的利益の取得が厳格に禁止され、特に1975年以降は、憲法をはじめ行政法など実定法上の根拠も備えるようになっていた。

 中国の改革開放が常に違法行為を伴って進められてきたことは、中国内外の学者の指摘どおりであり、土地使用権の登場も例外ではない。1987年9月、深市政府が5321.8㎡の住宅用地に対し、50年間の土地使用権を中国航空技術進出口公司深工業貿易センターに設定したという「違法行為」を皮切りに、その後の一連の法律改正と新しい立法によって土地に対する使用権設定を合法化していったのである。

(二)現行土地使用権制度に存在する基本問題
 現行土地使用権制度の法的構成は、大陸法の地上権が基礎となっているが、香港経由の英国法のホールドの影響も大いに受けている。しかし、使用権設定のプロセスから見れば、中国の現行制度は、大陸法の合意によるものと異なり、また香港の「批租」=ホールドの公開販売や「招標」=入札募集とも異なって、「審批=許可制」、つまり政府の許可が中心になっている。そこで問題なのは、許可権をもつ地方政府が経済的利益を追求するため、外資誘致を名目にして「開発区」を濫造していることである。しかし、その結果は、朱鎔基国務院総理が指摘するように「巣を造り鳳凰を招くつもりが、スズメさえ来ない」。人為的に土地が過剰供給となると、市場メカニズムを通じた価格調整機能を土地使用権の設定プロセスに適切に活かすことが困難となり、結果として、土地資源の効率的な利用も阻害される。したがって、開発区の濫造はむしろ、国有地の浪費を招くものである。

(三) 土地使用権制度に関連する問題
 第1に、現行土地収用制度は、その対象が集団所有の土地に限られているが、具体的に実行する場合に公共利益?福祉に基づく国家収用と商用行為に基づく国家買収とが厳密に区別されておらず、土地使用権設定における「許可制」、さらに行政権を羈束するメカニズムが完備されていない今日では、この制度自身が腐敗の温床になりかねない。また、集団所有形態における実質的所有者たる農民の利益が犠牲になる恐れも大いにある。

 第2に、現行土地使用権制度の射程範囲は、都市部土地にとどめられているが、これを将来、農村部まで拡大していく必要はないのか。もし、拡大するなら、その法的構成を如何なるものにすべきか。思うに、土地所有者と土地使用者との法律関係から考えれば、都市部土地の使用権が所有者たる国家により設定される以上、これとパラレルに考えれば、集団所有権者による土地使用権の設定も認められるべきであり、それにより所有権に対する無差別保護の原理が始めて実現できる。

 第3に、農村土地に対する国家収用や買収の際、農民の利益が大きく犠牲にされるケースが数多く発生している。この問題は、農村土地の集団所有という所有権の内実の空虚さ、また現行請負経営権の法的性質の不明確さ、および集団所有地に対する管理権の様態が政府による行政行為から脱却していないことなど、つまり、所有権と経営権と管理権の関係が法律上明確にされていないことに由来すると考える。

四、 物権法立法においてどう対処すべきか
 周知のとおり、現在中国では物権法の立法が進行中である。現段階においては、梁慧星教授を代表とする研究グループが、全人大の依頼を受けて草案を提出し公開出版も行っている。また、最近王利明教授も共同研究による草案を出版している。物権法法案は来年全人大に上程され審議される予定である。以下は、この物権法立法と関連して、土地所有と利用の関係について問題点を絞って検討したい。

(一)全人民所有の概念における問題点
 現行憲法にある土地の全人民所有という概念には以下の二つの問題がある。第1に、土地所有の二元的構造からここに言う?全人民?には農民が含まれていていないと解すべきであるため、「全人民」は正確な概念とはいえない。第2に、「全人民」の所有権の行使については、現行法では国務院となり、現実には国土資源部が関係業務を統轄しているが、土地使用権設定により得た収入の分配は、時代と伴に地方独占から地方と中央とで7対3の分配へという経緯を辿ってきた。財産の使用収益による利益は所有権者に帰属し、それ故に所有権者は自己の所有物を相応の注意を以って管理するインセンティブを有する。ところが「全人民」という極めて抽象的かつ曖昧な所有権者概念のもとでは、実際の財産の管理者に、そのようなインセンティブが働くのか疑問である。土地資源の効率的な活用のために、今後は、この全人民所有を中央政府所有と各地方政府所有に具体的に明確化する必要があるように思われる。

(二)農村部土地財産権の法的構成
 物権法立法を契機に、農村土地の集団所有権を如何に明確な形で財産権として規定するかは最も重要な課題である。思うに、集団所有権は、所有権である以上、土地の用途制限など限定された強行法上の規制を受けるほか、所有権に基づく土地の経営の自由、管理の自由が当然認められるばかりではなく、土地使用権の設定権なども財産権として幅広く認められなければならない。

 経営の自由に焦点を絞って考えれば、農地の経営方式については、各草案は現行の農地請負経営を集約して農地使用権として構成する姿勢を示している。しかし、今日の農村では、地域間および民族間などの差異によってさまざまな経営方式が現われている。成功したものとしては、請負制の他、「合股」という土地を基礎とした株式類似の方法で財産的権利を具体化した山東省周村市や深市の周辺農村、従来の所有形態を固持しつつ収入に貢献した割合に応じての分配を実現した江蘇省華西村の経験もある。さらに共産主義社会を一地域で実現しようとして「需要に応じた分配」を実行している河南省南街村の例もある。これらのさまざまな経営ないし分配の方式が存在するようになったのは、使用収益の自由を内容とする所有権本来の姿からの然るべき成行きであるといえよう。

 究極において、物権法は、国家所有、集団所有、個人所有など所有主体による差別をすることなく、所有権を一律に保護してこそ、本来のありうべき法理にかなうものであると考える。

(三)土地財産権に対する静的保護と動的保護
 現行不動産登記制度は、徐々に整備されつつあるが、不動産市場の急速な発展に見合うものになるまでかなりの距離がある。不動産物権変動制度の設計について、不動産物権に対する静的および動的保護などの視点から、ドイツ法の物権行為理論に基づく制度を全面的に取り入れるか、それともスイスを代表とする登記を効力発生要件とする制度に従うかにつき議論がある。このような議論に対し、今日になって、いずれの制度を選択しても静的または動的保護の一方に著しく傾くことなく、また社会コストの観点からも、フランスや日本のように登記を対抗要件とすべきであるというのが私見である。現段階では、物権行為理論を斥けて、登記効力発生要件説が最も有力であるが、広い中国でこれに見合う制度を整備するには、かなりの時間と労力を要すると予想される。

 一方、土地所有権に対する静的および動的保護については、農地に対する使用権の設定など農村部の土地の流通に関連して如何に考えるべきかも重要であるが、この点については問題提起にとどめておくことにする。

五、 結び――今後土地の私有は可能か
 イデオロギー的視点から見れば、社会主義体制の維持が土地の私的所有の障害となるように思われる。しかし、次元は多少異なるが、過去の社会主義体制下の中国でも集団所有が存在しており、また、1999年の憲法改正においては、個人所有が社会主義公有制の重要な構成部分となっている。一方、現行法体制における集団所有は、実質上は国有に準ずる側面があるにもかかわらず、形式上は民法の共有という法理に服すべきものである。他方、現行土地使用権制度は、設定段階を除けば完全な私法制度となるであろう。したがって、土地の私有は、根本的なところで社会主義体制とは関係がないとはいえないものの、土地に対する権利と市場経済の形成?発展との矛盾の解決を、所有権の法的構成に求めなければならないという理由はないように思われる。

 この問題については私法=民法の視点から見れば一層明かになる。まず、賃貸借制度の有用性については、賃借権の物権化という現象から見ると、大陸法よりコモンローのほうがむしろ早く認識していたと言えよう。次に、ローマ法における所有権と地上権との関係から、亜所有権たる地上権の有用性も十分認識されるべきである。しかし、日本の立法では所有権が過度に強調され、また地主も地上権を嫌ったことから、地上権より賃貸借のほうがより一般的に利用されているという当初の立法趣旨からは的外れな結果を招いた。また、その弊害として日本のバブル経済との関係も指摘されている。さらに、最近注目されつつある不動産証券化傾向から、所有権機能の変容、つまり、今後は使用と収益が中心となり、処分が徐々に後退していくことも看過してはならないと思われる。

 したがって、中国の土地問題は、私的所有権を認めるか否かというよりも、むしろ私的権利に対する保護メカニズムを如何に構築するかに集約されるといえよう。









相关文章:

主办:中国社会科学院法学研究所、国际法研究所
京ICP备07034807号-3